あなたは、自分の「正しい」を他人にも求めていませんか?
誰でも、自分の思う「正しいこと」を常に選んで生きてきてると思います。
でも、それが万人にとって「正しい」わけではないということに気づいているでしょうか。
自分が自分の「正しい」と思うことを貫き通すこと、
それは、自分を大切にすることにつながります。
でも、自分の「正しい」と思うことを
つい他人にも押し付けてしまうことをやってしまいがちです。
100人いれば100通りの価値観があって、100通りの「正しい」があります。
なので、自分にとって正しくても、他人にとっては正しくないということが往々にしてあるんですね。
でも、昔の私は、それが認められなかった、認めたくなかったんですね。
自分こそが「真の正しい」だと思っていました。
そういう人、いっぱい居ますよね(;´∀`)
他人の粗探しをして、正義の味方の様に自分の「正しい」を押し付けようとしていました。
それが、自分を肯定して自分を大切にすることだと勘違いをしていました。
そうして世直しするために、カッカカッカと怒りに薪をくべてエネルギーを生み出していたような気もします。
家族にありがちな正義の味方
特に父親の価値観が受け入れられなくて、
父は間違っている!と思っていて、ずっと怒っていました。
女は仕事をせずに早く結婚して子供を産んで、親に孫の顔を見せて、家庭に入って家族の世話をすること、それが女の幸せなんや、と言われて大反発していましたね〜。
女でも仕事をしたいし、海外にも行きたいし、色んな夢も持ちたいしという私に、
夢や希望っていうのはテレビの中のもんや、と言い切りましたからね。
そして反発する私にいつも怒鳴って言うことをきかせようとしていました。
誰のおかげで飯が食えてるんやー!言うことをきけー!と。
親が全て正しい、親の言うことを聞くのが当たり前だ、
まぁ、今思えば、それもその時代の人の多くの考え方です。
大切な娘なので、父の思う幸せを掴んでほしいと思ってくれていたんですね。
海外に行くなんて、そんな怖いこと絶対にアカンという感じでした。
今は、それが自分が守ってあげられる範囲に居て欲しいということだと分かります。
大事に箱の中に入れておきたかったんですね〜
そんな愛情だったということが、今は分かるので感謝できるようになりました。
ただ、ありがとう、でも受け取れないわってことです。
そんな価値観もあるんだね〜〜ということですね。
昔は子供は親を幸せにしないといけないと思っていたので、
親の言うことを聞いてあげることが親孝行だと思っていました。
でも、反対からみたら、親も子供を幸せにしようと頑張ってくれてたんですけど、
それが子供にとっては幸せだと思えなかったということですから、
子供が親を幸せにしようとしても、何が親にとって幸せなのか見誤ることもあるということです。
ぶっちゃけ、聞いてみることがいいんです。
子供がどうなったら、親が幸せを感じるのか。
私は子供の時にそれを聞いたことがあるんですね。
母に聞いたら「女でも自分で手に職をつけて、自分のやりたいことをやってほしい」と言ってくれました。
父は「歳を取ったら面倒を見て欲しい」と、当時まだ中学生ぐらいだった私に言ったんですよね。
まぁ、そこから「早く今回の人生終われ〜」と思うようになってしまいました。
輪廻転生を信じていたので、親の面倒をみるためだけに生きていくなんて何も面白くない、早く終われ終われ〜〜と思っていたのです。
その証拠とも言えるように、母は、義理の両親の世話で毎日を費やしていましたから。
結婚してもあんな人生を送るぐらいなら、生きていっても仕方ないな〜と思ってしまっていました。
まぁ、その生き方を選んだのも母なんです。
そして、それを望んだのも父なんです。
思うような人生を送っているわけですね。
結果的にその介護の十数年が過ぎ去った後に、母のフォロー、手伝いをしなかった(自分の親なのに)父に対して、もう母の愛情は全く無くなっていました。
そんな態度の母に対して、父もまた愛情が無くなっていってしまったんですね。
二人にとって、何が幸せだったのかわかりませんが、
今は妹が両親の世話をしてくれています(≧∇≦)
ずっと、両親の言うことを何も受け入れず(泣きわめいて文句を言わせなかった)
好き放題な人生を送ってきた妹が、今は親の面倒を見てくれています。
これも、私からみた家族の人生であって、
本人たちにとって何が正しかったのかわかりません。
でも、常に自分が「正しい」を選んで生きてきていることには違いないんです。
父や、妹にとっては、多分、常に自分の「正しい」を選んで生きてきているのだと思うのです。
ただ、母が、父や妹の「正しい」を優先して、自分が「正しい」と思う気持ちを常に我慢してきた結果なのだと思うんですね。
母が自分の「正しい」と思うことをせずに、他人にあわせて、そして長女の私にその文句や愚痴を言いながら、自分を大切にすることをせずに生きてきてしまったのだと、今は見えるのです。
その母のおかげで、私は父の暴言からも守られたし、自分の好きなことをしてこれました。
なので、母には感謝しかありませんが、あと残りの人生こそ、母には好きなように生きてほしいと思うんです。
今日は母の日なので、先ほど電話したら入院してました(^◇^;)
大事に至らず、もう良くなったみたいで明日退院をお願いするとか。
心配させたくなくて誰にも知らせなかったそうですが、
母は、いつもそう、
自分を大切にする前に、 人のことばかり、人目を気にしてるのもあります。
とりあえず見舞いに行きたいと言うと、断られました(^◇^;)
まあ、じゃあゆっくりして早く治してねと。
正義の味方が何人もいたらどうすればいいか
自分の「正しい」も、他人の「正しい」も尊重してあげる、
それが、自分も、相手も、大切にすることなんですね。
相手の「正しい」を尊重するということは、
従うということでもありません。
あなたはそう思うんだね、と認めてあげることなんです。
その上で、私はそうは思わないというのは、自分の「正しい」を守ることになります。
それがなかなか出来ないので、自分こそが正しいとケンカになってしまったりするんですよね。
そこで、スピリチュアルな見方が有効です(*^_^*)
何を経験するために今回生まれてきたんだろう〜と思うのもスピ的な感覚ですね。
それもこれも、その感情を味わうためなのね〜と。
魂が勉強するために、今回もぶつかり合ってるんだ〜と、客観視してみてください。
「まぁ、そういうこともあるよね」
「まぁいいか、それもありか」
相手、その人はその人の学びのために自分を表現していて、私は私を守りたい、
ただそれだけのことなんだと思えたら「どちらが正しいか」は、どうでもよくなりませんか。
相手にとって正しいこと、自分にとっての正しいこと、
それが違うということを認めることなんですね。
さらに、そこから一歩出て、
なぜ相手はそれが正しいと思っているのか、
私の何を間違っていると思うのか、
それを理解しようとしてみると、相手との信頼関係は深まっていきますよ。
今日は、自分の「正しい」にありがとぉ(*^_^*)
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