あなたは、自分の人生を歩んでいますか?


あなたは、自分の人生を歩んでいますか?

自分の人生と言われても、私も昔はよくわからなかったんですよね。

最初に言われたのは、夫でした。

「自分の人生やろ〜」

自分の人生とは

あなたは、自分の人生を歩んでいますか?

そう聞かれたら、どう感じますか?

「当たり前」というでしょうか。

私は、その時に親からの無理難題を言われていて
「子供の人生は親のものやん」と答えたのでした。

はい、残念。
これ間違いですから。

過去にはそういう時代もあったかもしれません。

今もそういう地域があるかもしれません。

でも、これからの時代は、自分がしっかりないと渡っていけないようになってきています。

自分の人生を歩んでいるかどうか、それはどういう意味でしょうか。

何かを決める時に、自分がどうしたいのかを唯一の理由にしているかどうか、ということでもあります。

親が言ったから、親が望むから(私の場合はこれでしたね)

先生に言われた、友達に言われた、上司に言われた、

世間体が良いから
たくさんの人が使っているから(3人以上だとみんなと言うんですよね)

色々あるでしょうけども、

自分がどうしたいかで決めたのではなく、
他人に決断を委ねるということは、自分の人生を自分で舵取りしていないということです。

あなたは誰の人生を歩んでいますか?

私の場合は「親の人生」を歩んでいました。

親の望む選択、親の望む価値観、親の望む生き方、それを「できるだけ」優先してきました。

でも「できるだけ」であって、嫌なものもたくさん拒否して反抗してきたので、
親は親で、私は親の望むように育ってくれなかったと思っていることでしょう。

私にしては、自分より親の望みを優先してきたわけです。
そうして、何かできなかったことを親のせいにしてきていました。

これって、親も私も、どちらも不満が残っているし、嬉しい楽しい状態ではありませんよね。

私の場合は親でしたが、そうやって自分で決めずに、流行っているから、誰かに言われたから、そうやって流されるように生きてくると、何でも他人のせいにしてしまいがちです。

それも、自分が選んだと思えているのであれば、ちゃんと自分の人生を歩んでいます。

自分がどうしたいか、自分の気持ちを最優先にするということでもあります。

他人はあなたの人生の責任は取ってくれない

私と親の関係の様に、そもそも他人の考えていること、望んでいることを正確にはっきりと把握することは不可能です。

自分がどうしたいのかであっても、本音は別に隠れていたりするのですから、他人の指示どおりの人生なんて考えるほうがナンセンスなんですね。

そもそも、他人はあなたの人生がどうなろうと、最後まで責任を取ることはできないのです。

良い大学に入ったら、良い会社に就職できて高い給料がもらえるからと親に言われたとして、
そのとおりになったら、親も喜ぶでしょう。

でも、そのとおりにならなかったとしても、親が高い給料を保証してくれるわけではありません。

そもそも、サラリーマンでストレスだらけ、休みの日も仕事でプライベートなし、
でも高月収だったとして、それが自分や親が望んだ人生でしょうか。

結局は、自分が決めてこなかったので「親の人生」を歩んできているだけなんですね。

親であっても、棺桶の中まで一緒にいけるわけではありませんからね。

また、憧れている人、成功者やメンターがいるとして、
その人を目指すあまりに、その人の真似をしているつもりでも、傍から見たら多分全然違う生き方をしていることってありませんか。

要素だけ、ある部分だけはコピーできているかもしれません。

これは盲目的に信望してしまうと陥りやすいことです。

その人が正しいと思い込んでしまうと、洗脳とまでいかなくても、マインドコントロールまでいかなくても、その人の一挙一足で、自分の人生が左右されてしまう状態になっていきます。

でも、その教祖からしたら、良くて将棋の駒、下手をしたらカモなだけ、ということもありえるんです。

それが宗教でなくても、独裁的なトップのいる会社でも陥ることですからね。

自分の目標を組織の目標と重ねるぐらいまではいいでしょう。

でも、組織の目標のために、自分の目標をないがしろにしてしまっていませんか?

毎月の給料のためとはいえ、自分を殺して「社畜の人生」を歩んでいる人もたくさんいます。

そうではなくて、

例え組織の中であっても、まずは自分がどうしたいか、

その上でそれが組織にどう貢献できるか、

自分の意志で行動を決めていかないと、誰のための人生を歩んでいるのかということです。

あなたの人生がどうなるのか、結局責任を取れるのは他の誰でもありません、自分だけなんです。

自分の人生を歩むには

その責任を取ることが怖くて、誰かのせいにしたいという気持ちもわかります。

その方が楽だったりしますからね。

でも、その分「自由」を差し出すことになっていることに気付きません。

自分の責任で自分の行動を決める、という「自由」のことです。

どんな人生を歩むか、それは自分の自由なんです。

そんな簡単なことなのに、私は結婚して夫と出会うまで気付きませんでした。

自分の人生を歩むには、自分がどうしたいか、自分が決める、ということです。

私も、一人暮らしを始めたときにはその自由と開放感で毎日が充実していました。

でも、早く結婚しろだの、仕事をやめろだの、親はずっとうるさかったですね。

そして、私もいづれ結婚するのだろうけども、それまでは自由な独身貴族を満喫したいと思っていました。

そうして仕事を楽しんでいる間に10年ちかくもたってしまい、周囲はみんな結婚しちゃった〜という状況になったのでした。

結局、夫のような最初から自分のことしか考えていない自由人と出会うことになり、
結婚して20年近くたって、今の私があります。

今は、私は私の人生、親は親の人生と、しっかり分けることができるようになりました。

冒頭の夫に言われた言葉「自分の人生やろ〜」というのは、前後があります。

結婚当初は、何でも親の意向を優先しようとする私に夫は言ったのでした。

「誰の人生やねん、自分の人生やろ〜、自分のしたいようにしたらいいねん!」

これが分かるようになるのに、私は10年位かかったってことですね。

自分の人生を歩むとは、その夫の言葉そのものですから。

親としては孫の顔も見たかったかもしれません。
近くに、もしくは一緒に住んでほしかったかもしれません。

でも、今私は好きなことをして楽しく暮らしています。
そして、それが何よりの親孝行だということにも、気づくことができました。

今日は、そんな自分の人生に気づかせてくれた夫にありがとぉ(*^_^*)


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